カンフーアーティスト・イナミさんに聞く!太極拳の楽しみ方とカンフーの魅力

中国武術(カンフー)の魅力を多くの人に知ってもらうべく、さまざまな活動を続けているカンフーアーティストのイナミさん。最近では、Twitterで格闘ゲームの中国武術キャラクターのモーションを再現した動画を発信し、ゲームファンからも注目を集めています。

套路(とうろ)※の美しさを競うスポーツ「武術太極拳」の選手としても活躍中で、全日本武術太極拳選手権大会で三連覇を成し遂げるほどの実力の持ち主です。

今回は、太極拳の先生としても自身の教室で指導しているイナミさんに、初心者向けの太極拳「入門太極拳」を教えていただきました。後半では、これまで自身についてあまり多くを語ってこなかったイナミさんにインタビュー。ベールに包まれたその魅力に迫ります。

※套路(とうろ)とは、日本武道でいう型(かた)のこと。套路中の極めのポーズを「定式」といい、入門太極拳には8つの定式があるので、これを8式と数えます。ちなみに、一般的に知られる「24式太極拳」は24個の定式がある套路ということです。

▼プロフィール

イナミさん

カンフーアーティスト/太極拳講師
神奈川県生まれ。日本体育大学体育学部体育学科コーチング専攻卒業。横浜医療専門学校鍼灸師科卒業。「EAST MARTIAL ARTS(イーストマーシャルアーツ)」代表として太極拳を教えながら、カンフーアーティストとして活動。鍼灸師の資格も持つ。

Webサイト EAST MARTIAL ARTS
YouTube イナミ先生のもふもふ太極拳
Twitter https://twitter.com/inami_future
Instagram https://www.instagram.com/inami_future/

ゆったりとした動きの太極拳は、もともと武術だった!

チャイナ風の太極拳服に身を包んだイナミさん。凛々しい!

2020年12月に世界無形遺産に登録され、日本にも150万人を超える愛好者がいる太極拳。太極拳といえば、ゆったりと舞を舞うような動作のイメージがありますが、もともとは武術であり、このゆっくりとした動きは正確な動作をマスターするための方法として編み出されたもの。太極拳も戦う際には、カンフー映画などに見る速い動作の拳法へと変貌するそうです。

「もともとは戦闘の場で相手を倒すことを目的として完成された中国武術であり、太極拳もそれを極めるためのトレーニングなんです。ダンスや健康法だと思われていることが多いんですが、本来は戦うための技術。私も日々、自分と闘っている感じです(笑)」(イナミさん)

太極拳には、楊式・呉式・孫式・陳式など諸式諸流があるものの、動きが複雑で習得するのがむずかしいため、健康法として中国で生まれたのが「簡化24式」などの規定太極拳。日本で一番有名なのも、この簡化24式です。

「24式は健康目的につくられた太極拳なので、覚えていただければ身体にいいことは確かです。全身に意識を配りながら細かく動かしていくので、脳卒中のリハビリにも使われているんですよ。四肢すべてが違う動きをするような複雑な動きも多いので、修練していく過程で身体能力が高まっていくと思います」(イナミさん)

▲イナミさんによる簡化24式太極拳全套演武 正面。出典:YouTubeチャンネル「イナミ先生のもふもふ太極拳」

太極拳の魅力は、「気軽に始めることができて、習得するうちにさらに奥深く学んでいけること」とイナミさん。相手からの攻撃をはねのけたり、相手の力を利用したりと、すべての動きに意味があるそうで、「自分の攻撃を成功させるイメージを持ってやると、型を覚えた次の段階に興味が湧き、さらに面白くなっていくと思います」とのこと。

イナミさんが教えている生徒さんの年齢層は幅広く、20代から70代の方までいらっしゃるのだとか。

「年齢が上の方たちのほうが、技の意味などの奥深いところを楽しまれています」(イナミさん)

武術なのに70代の方たちでも続けられる太極拳。ますます興味が湧いてきました。では、実際にイナミさんに入門編を教えていただきました。一緒に体験してみましょう!

太極拳の基礎的な動きを学ぶ「入門太極拳」に挑戦!

初心者におすすめなのは、太極拳を学ぶ人のために、公益社団法人 日本武術太極拳連盟が制作した「入門太極拳」。8種類の動作を練習することで太極拳の基礎的な動きを身につけることができます。

太極拳は素手で行う徒手(としゅ)のほかに、剣(つるぎ)、刀(とう)、棍(こん)、槍(そう)、扇(おうぎ)などの器械(武器)を使った動きがありますが、今回は徒手で行う太極拳の入門編を教えていただきます。

 入門太極拳

1.予備式(ユーベイシー)

全身をリラックスさせる姿勢。頭は天に足は地に伸びていくような感じでまっすぐに立ち、指はももの横に置いてひじとあばらにわずかな空間を作る。右足に重心をかけ左足を開き、つま先から足をついてかかとをつける。体重を真ん中にのせたら両手を下からゆっくりと回す。

頭の上まで手を開いたら人差し指と親指の間の「虎口(フーコー)」を開き、手をゆっくりと下ろす。これを2回繰り返す。

2.起勢(チーシー)

準備の姿勢。足を開いて手を肩の高さまで上げる。人差し指と親指の間の虎口(フーコー)を広げながら手をおへその少し下まで下ろしていく。そのときに少し腰を落とす。両腕を上げるときは、力を入れないこと。これを2回繰り返す。ひじや手首、肩の力を抜いてリラックスしておこなう。

3.手揮琵琶(ショウホイピーバ)

琵琶を奏でる形に似ていることから、こう呼ばれている。起勢(チーシー)が終わったあと、手が下がり、ひざがゆるんだところから左足に重心をかけていく。右のかかとを前に出す。右のつま先と右の鼻先は同じ向きに。楽器の琵琶を抱いているような形。手を引くと同時に左足を寄せる。斜め左のかかとを前に出し、同じ動作を左右対称に2回ずつおこなう。

4.倒巻肱(ダオジェンゴン)

後ろに下がりながら相手を押し攻める動き。後退しながら両腕を回していく。初心者は、最初は手の動きだけでOK。慣れてきたら足をつける。左右2回ずつ繰り返す。

5.野馬分鬃(イェマーフェンゾン)

馬のたてがみを分け開くような動作。体を左右に回しながら正面で両手を動かす。ボールを抱えるような動作を胸の前でおこない、つねに円形を保つようにする。下の手をだんだん上げていき、輪に近い形をつくったら手を前後に開いていく。上の手はのど、下の手はおへそくらいの高さ。同じ動作を左右2回ずつ行う。

6.単鞭(ダンビェン)

片手でムチを持つような動作。両肩は水平にし、軸足を変えながら両腕を大きく動かす。片方の手の指が丸くなって、片方の手が前に伸びているような形。同じ動作を左右2回ずつ行う。

7.十字手(シーズーショウ)

両腕を正面で交差させる動作。胸の前で手をクロスさせ、体を回す。体を回すとき、両手の高さは同じにする。これを2回おこなう。

8.収勢(シュウシー)

全体を締めくくる終わりの姿勢。手を下ろしながら脚を閉じる。両腕はゆっくりおろし、気を沈める。

実際に体験してみての感想は「(想像していた以上に)動きが複雑!」ということ。
ゆっくりと舞っているような動きですが、意外に身体の隅々に効いているのがわかります。

そしてなんと言っても、太極拳の動作は一つひとつがカッコイイ!! 型が美しいと評判のイナミさんの実演を間近で見て、本当に惚れ惚れしました!!

▲イナミさんによる簡化24式太極拳 背面誘導。出典:YouTubeチャンネル「イナミ先生のもふもふ太極拳」

「これだ!」と思った運命的な中国武術との出合い

——幼稚園の頃に突然「中国武術をやりたい」と言い出したことがはじめるきっかけだったそうですね。

イナミ:何かを見たり聞いたりしたわけでもないのに、「カンフーをやりたい!」と突然言い出したようで(笑)。近所にカンフー教室がなかったので、最初は空手教室に通いました。「なんだか違うな……」と思いながら空手を続けていたんですが、小学3年生のときに仲よくなった友だちがたまたま中国武術を習っていたんです! すぐに見学に行かせてもらいました。

——それはすごい偶然ですね!

イナミ:見学に行ったら、教室の先輩たちがものすごい高さで飛んでいて。カンフーのジャンプ系はすごいんですよ。自分の身長くらいは余裕で飛びますから。高校生、大学生のお兄さんたちが、パンパン飛んで行く姿に感銘を受けて、「私はこれがやりたいんだ!」と思い、即、入門しました。

カンフーの魅力はしなやかな動きの中にある強さ。日本の武道は四角い動きのイメージがあるんですが、カンフーは丸くて伸びる動きが多いんです。

——そのときの先生がイナミさんの師匠なんですね。

イナミ:そうです!その先生がたまたま中国では伝説的に有名な先生で、その先生に14年間つきました。先生のおかげで高校生の頃からは東日本の強化選手(武術太極拳)になることができました。さらにその間に何度も中国の武術学校に連れて行ってもらい、中国のプロの選手たちを教えるすごい先生方に教わることができたこと、それが今の私の糧となっています。

——それから選手として活躍されたそうですが、太極拳の指導者をめざそうと思ったきっかけは?

イナミ:武術太極拳の大会で成績が出るようになって、後輩に教える機会が多くなっていきました。そのときに、「人に教えるのって楽しい」と思ったんです。大好きな太極拳を広めたいという気持ちも中学生くらいの頃からあったので、いつしか太極拳の先生は私の夢になっていました。そのために高校も大学も選んで、さらに専門学校も行きました。すべてのことが太極拳の先生への道につながっています。

▲イナミさんの美しい太極拳が見られる動画。出典: YouTubeチャンネル「kuro-obi world」

——鍼灸師の資格を持っているのも太極拳を教えるためですか?

イナミ:やっぱり先生は身体を治せないといけないので、どの治療方法にしようかなと思ったときに、鍼灸かなと。仕事として鍼灸師はしていませんが、頼まれたときにたまにやることはあります。そもそも太極拳の先生も資格がなくてもできるのですが、私は(社)日本武術太極拳連盟が発行している資格を取りました。鍼灸の資格も必須ではないです。ただ、私はやれることはすべてやりたくて。真面目なんですよ(笑)。

——イナミさんが太極拳を長く続けてこられた理由はなんですか?

イナミ:今となっては「使命」だと感じていますが、一番はやっぱり好きだからです。これから教室も広げていきたいですし、地方にお住まいの方で太極拳を習いたいけれども近くに先生がいないというお話も聞きますので、オンラインのレッスンで、そういった方たちの力にもなりたい。

太極拳はもともとは武術、戦うためのものですが、一方で何も考えずにやる太極拳もまたいいんですよ。屋外でボーッとしながら身体を動かすと最高に気持ちがいいです。

太極拳は本当に奥深いので、いろいろな魅力があります。哲学的な部分も知ると面白いですし、武術としての意味も知って力の使い方を考えるのも面白い。動作をいかに美しく見せるかを考えながらやるのも面白いですよ。

▲イナミさんのInstagramより

——カンフーアーティストとして、今後はどのような活動をしていきたいですか?

イナミ:中国武術は架空のものだと思われているところがあると思うんです。ゲームや漫画、映画など、フィクションの世界だけに存在するもののように思われているのが残念で。「現実に楽しめるものですよ!」「自分でもできるんですよ!」と伝えたい。

健康のためでも、見た目のカッコよさから入ってもいいんです。私はゲームが大好きで、格闘ゲームをするようになってからは、「自分が習っている武術は、実戦ではこう使うんだ!」と、格闘のシミュレーションとしてゲームをしていました(笑)。ゲームを楽しむ感覚で、もっと気軽にカンフーを楽しんでもらえる場を作っていきたいです。

——ロリータファッションやゲームとカンフーには、二次元的な萌えも感じます!

イナミ:ロリータは完全に趣味ですが(笑)。カワイイとカッコいいという対極的なものを合わせるのはむずかしいと思っていたんですが、アニメやゲームではやってるよな……と。私が好きで見てきたゲームやアニメのキャラクターのようになりたいんです。そしていつかはアクション映画に出ることが夢なんです。

あとは、CMやミュージックビデオなどでカンフーが出てくるときの振付をやりたいですね。ダンサーさんが振り付けた「カンフー風」のしぐさは、私の目には「ちがう!」と気になってしまって……(笑)。なので、今後は振付にも挑戦していきたいです!

まとめ:太極拳とカンフーの魅力を広めていく伝道師

丁寧に、まちがいのないように太極拳やカンフーについてお話ししてくださったイナミさん。その真面目なお人柄に触れ、本格的に太極拳を始めたくなりました!

先生としては凛々しく、アイドルとしては美しい。カワイイとカッコいいを両立するイナミさんの今後の活動から目が離せません!

文/石本真樹
写真/木村琢也
編集/平林享子 (LIG)